『歌を歌えば心の海が凪ぐ』それは『私』が曾祖母からよく言い聞かせられた言葉だった。歌うことで気持ちを落ち着かせてきた私にとって、歌は何よりも大切なものになっていく。だが、そんな私の価値観を覆したのは最愛の妻との出会いだった。日差しが降り注ぐ真夏の海岸での邂逅で、私は溺れるような恋をした。
月日は巡り、私と妻はお互いを思いやりながら、穏やかな生活を送っていた。だが、最愛の妻との別れがけして遠くないことに私は気づいていた。そして、他人から悪意なく突きつけられる現実に、私は妻との寿命の違いに苦悩し、涙を流す。いつまでも青年の自分と九十歳の妻。嘆き悲しむ私を妻は慰め、二人の出会いを話し始める。私は彼女と生きるために、人魚の声帯と二度と海には戻らないことを対価として人の姿を得た人魚だった。
季節は巡り、私は彼女との思い出の海岸で一人佇む。一人になってしまった私は妻を思い、とめどなく涙を流す。そうして、彼女がよく歌っていた恋歌を歌い始める。泡沫のように儚くも消えることなくいつまでも輝き続ける、最愛の妻との思い出を胸に抱いて歌い続けた。