12までを写して
段々しんどさの中にも、リズムができてきた。
円城さんの文体は、乗ってくると(それとも、疲れてくると)英語の翻訳の様な感じがしてくる。少なくともこの作品では、最初は外画のセリフみたいな地の文なのが、段々と素なのか、地味で堅実な文体になる感覚がする。舞台がアメリカの片田舎の町だからかも知れないが。それから、「いうことは」の「いう」とかをひらがなにして、文全体に読みやすさと柔らかさを与えている。
それから、「~である」の可能の文をいくつか続けた後、「~でない」という否定・不可能の文を連ねての対比の構成が数か所、連続して出てきたため、上手いと思う組み合わせは何パターンか試して話を繋いでいくようである。
構成としては、町にクローズアップしてからレスキュー・チームの活動と落ちてくる人間たちについて、そして、「なぜこの町に落ちてくるのか」をある程度説明した学説が数個展開されている。それから、「どのようにその人間たちを記録するのか・調査するのか」といった点も説明されている。
「バナナ剥きには最適の日々」の文庫版の解説の中で、「円城塔はわからないものをひねくり回す面白さがある」というが、この作品の中でも、「わからないが面白い」という作風は健在である。
なぜこの町に人が降るのか?そしてなぜレスキュー・チームはベースボール・チームのような活動をしなければならないのか?この作品には、「わかりそうで分からない」ことがたくさん散りばめられており、それがわかることはなく、しかも、何の教訓的なものもなく、主人公の成長と言った描写もないので、例えば、読書感想文を書かなければならない場合などとは最悪の相性である。それでも、面白いのは、虚構の強度によるものではないのか。虚構が実在しかねないと思うほどの強さを持てば、それがわからないことさえ楽しくなる、と言ったような。
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