愚図

点灯虫


規則的な灯りを頭上に薄明るくなったり暗くなったりする部屋のなかを見つめる。
もう何度目かも分からない夜。
あのひとの部屋はもっと、空気が綺麗で車の音が近かった。

いつまで経っても私のなかのあのひとの部屋は高津のあの503号室のままで、川崎の駅前のマンションも逗子のあのアパートも馴染まない。
幾度となく通った川辺りの先の、あの部屋だけがずっと。
もうあのひとはどこにもいないのに。


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どんなに息苦しくなっても、膜の外側は私に侵蝕しない、と確かな感覚を持って認識できるのは時間をかけてひとりぼっちになった時だけだ。
いつだって曖昧なまま誰かと過ごす時間が挟まれば、それだけ境界線を見失う。
朝から晩まで丸二日、外の空気を嗅ぎながら、きちんと安全な部屋の中で呼吸をしなければならない。
だけれどそんなことは何故だか殆ど不可能で、私はまた外側に放り出されてしまったりするのだ。
どれだけ内側に帰して欲しくても、帰り方が分からなくて途方に暮れる。
誰にも見られることのない時間の大切さは、誰ひとりとして共有することができない。


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全くもって私を信用している猫たちのなんと傲慢なことか。
愛されない筈などないと絶対的な自信をもち、己の都合のみ、身ひとつで私に頭突きをする。
抱かれることや構われることに貪欲で、まさか私が床に叩きつけることはしないと、エアガンで打つことや食餌を与えないだのという虐待行為などをすることなどないと、ついぞ考えることもないのだ。
無論私は彼らを愛しているのでそういったことは起こり得ないのだけれど、それでも世の中にはそういったことに悦びを感じてしまう不幸な人間もいるのだというのに。
だから私はいつも彼らに話す。
ここにきて良かったわねえ、と。
呑気でいられる環境を整えてやることが私の義務であるからだ。
そのため彼らは今日も呑気で、とても愛らしく生きたりなどをしている。


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眠らなくてはいけないと、効果の小さな薬を飲み込む。
私は本当に馬鹿だと思いながら目を閉じる。

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