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蒼月イル

あおつき いる

愛の重い男しか書いていないカフェイン依存症。

▷作品のコメントは全て拝読しております、ありがとうございます。
▷小説が必ず完結する保証はありません。
▷その癖、急に作品が増えたりします。すみません。

新しい家族



仕事と私用でバタバタしてたから報告が遅れちゃったけれど、5月5日の出来事を記録に残したいからここに書くね。


5月5日は、日本ではこどもの日だしゴールデンウィーク真っ只中って感じだったと思うんだけど、生憎ここ英国ではこどもの日はなくて、至って普通の平日だったんだ。



俺達も子供ではないから、別にはしゃぐ訳でもないんだけどね。日本にいる時からいつもこどもの日は柏餅を食べる決まりが俺達の中ではあったんだ。

けれど英国で柏餅だなんて勿論探せなくて、ロンドンまで赴けばきっと和菓子屋さんがあるのかもしれないけれど、俺達の住んでいる場所は郊外だし田舎なの。だから今年は残念だけど柏餅食べられないねって話をしていたんだ。



仕事も詰まっていたから特別な事なんてお祝いする時間もないんだろうなぁ…なんて思いつつも、夜紘とこうして生きていられるだけで十分幸せだしなぁとも想ったりして。

いよいよこどもの日を迎えたんだ。



その日は珍しく俺と夜紘は別々で仕事を受けていて、夜紘の方が早く終わる予定だったはずなのに、俺が帰宅しても家の中が真っ暗だったの。




「え?夜紘?帰って来てないの?」



ただでさえ大きな家が、独りだと余計に広く感じて寂しくて。

声を掛けたけれど、返って来る気配もなくて。


その場では平静を装っていたけれど、内心では不安に襲われて大変だったよ。



もし夜紘が仕事で命を落としていたらどうしよう…とか。

もし独りぼっちになったらどうやって生きよう…とか。

嗚呼、やっぱり二人一緒の仕事以外受けなければよかったな…とか。



ああいう時って、一度厭な方向へ思考が巡るともう止められないんだね。

心臓がバクバクと音を立てて、暗闇の家の中を夜紘求めて探し回ったの。




「…夜紘…夜紘返事して。」



これはここだけの秘密なんだけど、少しだけほんの少しだけ泣きそうだったんだ。

いよいよ涙が落ちてしまいそうになったその時、突然玄関扉の音がして家の中の照明が灯ったの。



「夜紘?」

「ワンワン!」

「え?」



駆け足で玄関まで行った俺を待っていたのは衝撃の光景だったんだよ。



「夜紘…その子は?」

「ひる。」

「ひる?」

「ん。名前、ひる。」

「いや名前じゃなくて、どうして夜紘が犬を抱えてるの!?」



そこにいたのは、夜紘と夜紘に大切そうに抱っこされて尻尾を振っていた子犬だった。



「今日から新しい家族だ。」

「へ?」

「近所の家でフレンチブルドッグの赤ちゃんが生まれたから貰ってくれないかって言われて。」

「え…夜紘いつの間にご近所付き合いしてたの…。」

「仕事で数日空ける事もあるかもしれねぇから断ろうと思ってたんだが、さっき家に見に来いって言われて行ったら無意識にこいつを抱っこしてた。」



淡々と告げられた事実に頭の処理が追いつかない。


そんな俺を余所に、近くまで歩み寄った夜紘が俺の腕の中にフレンチブルドッグを預けた。



「放って置けなかった。お前と似てたから。」

「俺と?どの辺が?」

「護ってやんねぇとって想わせる感じ。」

「……っっ……。」



ゆるりと口角を吊り上げる夜紘が変に甘い言葉を吐くものだから、不覚にも頬が上気する。




「男の子?女の子?」

「男だ。女だったらお前が堕としかねないだろ。」

「あはは、ワンちゃんにまで色仕掛けなんてしないよ。」

「どうだかな。」

「嫉妬してるの?」

「そうだって言ったら?」

「……今日の夜紘、なんか意地悪。」



ふふっと小さく笑い声を落とした夜紘が、ひる君の頭をよしよしと撫でた。

もうひる君はすっかり夜紘に懐いている様で、存分に甘えている。



「どうしてひるなの?」

「俺が夜で千智が朝だから。」

「……。」

「昼が加わって、家族の完成だ。」

「何それ。」

「厭か?」

「ううん、嬉しい。」



二人で肩を並べてソファに座れば、昼が俺の膝の上で丸くなって眠ってしまった。

5月5日こどもの日。俺達の家に新しい家族が加わった。


フレンチブルドッグの男の子で名前は「昼」。

どうやら来年からは、こどもの日が特別な日になりそうで実は今から楽しみなんだ。





Written by朝日千智(猛毒狂詩曲)

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