島たけや

しま たけや

 三十年近く活動したスポーツの終焉。伝説の仲間を振り返り、人生の意義と身体の意志を未来に模索する。“ふるさとは遠きに在りて思うもの…”と今を生きている。  島たけやの不思議な出逢いの始まり、それは2006年暮れの事だった。父を亡くしてから色々な巡り合わせに遭遇する。これも包まれた愛である。

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西ドイツのボンバー

あのボンバーが亡くなった・・・突然の訃報
1970年代バイエルミュンヘンでストライカー、日本にも招待されNippon代表に勝った試合を国立で芝が枯れていたが印象的なクラブチームであった。
 ゲルトミュラーを見て身体能力の高いサッカー選手でありトレーニングされたプロ選手であった。当時、ブラジルにはペレがいて黒人特有の身体能力の違いを比較した。南米やヨーロッパ(ドイツやイタリヤ)に憧れたが南米の個人技は卓越された代表のテクニックでそれぞれ魅了する試合が好きだった。ヨーロッパは戦術とストライカが魅力的組織能力の高さが勝敗を分けた。
 今日は【母の命日】を兼ねた悲しみの8月17日である。夏のお盆休みもコロナ感染症の拡大で予想以上の爆発的な感染が日本列島を襲いこれからどのようにして生き延びることが可能か「よ~く考えなさい」と言わんばかりにデルタ株がでまわりはじめている。悲しい出来事は続くもので気をつけましょう。お終い

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