話し屋さんは語れない

作者碧瀬 空

それまでは順風満帆だった人生をたった一人の男に
“壊されて”しまった彼女、海和心聴(かいわみゆる)の物語。

心聴は夢を奪われ、職を奪われ、廃人となり果てていた。
が、そんな彼女に救いの手が差し伸べられる。


「儂のところに住み込みで働きに来ないか?」

「ハハ、そう警戒するな。
 なぁに、怪し…






 理解の少ない生涯を送ってきました。



 自分はまるで澄み切った純粋の上に、

 ぽたんと垂らされた油のようでした。



 仲間たちと同じ痛み喜びを分かち合えず、

 悩みに共感できず、

 みんなが幸福感と優越感を覚えるもの

 ――恋人を欲することや作ろうとする気持ちを

 理解できない異質な油にできることは、

 水の中に飛び込んで懸命に水に混ざろうと、

 水の真似事をするだけでした。


 でも、自分は不純な油ですから、

 どれだけ掻き混ぜても水になることはできず、

 ただただ周りと自分は違うのだという

 異物感と窒息感が強くなっただけです。



 そのため自分は今日も、スイッチを押して、

 本当の自分(恥)を晒すことでなんとか息を継いでいます。




 ――カチャリ。


 背後からドアを開けたような物音が聞こえたとき、

 自分はヒヤリとしました。


 だって今の自分は普通の仮面を脱ぎ捨てた言わば、

 無防備な状態なのですから。



「~~~~~~~~」



 何か聞こえたかと思うと、グラリとわたしの頭が傾き、

 意識が遠のいていくのを感じました。

 朦朧もうろうとする意識の中で、

 深く根付いていたのは「自分はなんて醜いのだろう」

 という嫌悪感だけでした。