みんなの
わたしがあつまって
わたしがみんなになればいい
非常に個人的なこと、自分の事が書いてあります。読まれたくないぐらいなのです。
わたしを知らない初めての方や、18歳未満の方は8ページ目から読むことを激しくお勧めします。おねがいします。
読むこと
書くことと
表現することが好きな方へ
自分とみんなが好きな人に捧げる
- 最終更新日
- 2008/01/12
- 作品公開日
- 2007/06/05
- ページ数
- 完結 67ページ
- 文字数
- 30,570文字
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作品コメント
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- 福沢 御崎
わたしについて . 本当は一つにしたくありませんでした。 ―わたしについて― 人間が嫌いなのに好き。 どの教科も苦手なのに、 何故か国語の長文と古典、歴史が得意。 運動が出来なければ頭も悪い← せこくて、女々しいのが大嫌い。 最近、武士っぽいとよく言われる(( 毒舌だとか、ひねくれてるとか言われる そして気紛れで我が儘、所謂マイペース そんな私は今まで人に沢山迷惑かけた。 でも、それでも皆私を嫌わない。 何故だろう、私ならこんな奴絶対嫌だ。 って思ったことも、何回もある。 でも、自分は好き。 他人が自分と同じようなタイプだと 嫌いなのに、可笑しいでしょう? 一つ、気付いたの。 人間は自分が一番大好き何だと。 私は、自分の短所がわかりません。 正直に言うと……はい。 短所は長所という考えのせいでしょうか 面白い作品、ありがとうございました。 あ、その前にレビュー返しやらなきゃ…
- 遠野ましろ
わたしについて レビューは自分が“面白い”と思った作品に。 見所伸びしろがあると感じた作品のみに書くスタンスだ。 (昔は宣伝貰った作品に順に、が大方のマナーの悪さに辟易し、以降は己の感覚頼み) 傑作に、とかく感動にうち震えるまま。 レビュー欄に「何だそれ」場の空気を変える目的で一本強めのを投下することも。 私は考えたい。 考えて頂きたいのだ。 受け売りだが、批評とは年に数百本以上精読する人レベルが行えること。 私含め多くの人が勘違いをしているが。 読書不足、思考力欠如。 意見=偏見、私見。 くれぐれも私見が絶対的正義などとは思わないことだ。 異なるものに触れる。 理由を考える。 突き詰める。 好きだと思った方向に徹底的に走ること。 小説のレベルアップを求むならば書籍だけを読めばいい話。 それでも携帯小説を読むのはやっぱり、人間としての輝きがそこにあるからだ。 面白いと思うことに空気など読みたくない。 何年前の作品だろうが書く、2008年が最後のレビューだろうが無論例外ではない。 面白いと思う感覚、遠慮などする必要がどこにある?
- 茂
場違いを感じながら 作品の評価なんかわからない でも、レビューのを書くのは好きだ 僕の信条 小説は、作家と読者の共同作業 作家の表現から、読者が 空想のインスパイアーを受けて 初めて成立するのが文学、小説の醍醐味 だから、読み手のイマジネーションの力に ある程度、依存しなければならない 読者と作品の相性に、左右されるし 味わうためには、読書習慣という 訓練に近いものも必要になる 映像は、与えられない そのかわりに 文章からインスパイアーされる 十人十色の風景が 読者の心に描かれる だから、僕にとっての読書は その作品世界を 自分の空想力でどれだけ包み込めるか 行間を思い描き 情景を空想し 人物の気持ちを感じ取り 作者の内面世界さえも想像する… だから 理想的なレビューは 誰かの作品を踏み台にした 自分自身の表現舞台だと 僕は思う 場違いを感じながらも ★ひとつは、僕自身のレビューへの評価 ということで、お許しを