気づくと『風花』は夜の海辺にいた。
雲の隙間から僅かに漏れた月の明かりが目の前の海を照らしている。
その海は寄せては返す事もしない、時が止まった様な海。振り返ると座っている砂浜は砂漠のように無限に広がっていた。
風花は大好きな夫『葵』を亡くしたばかり……。
何を見ても苦しいくらいなのに一人では見ていられない程の切ない風景。もう目を閉じてしまおうと思った時。一人のおじいさんが現れた。
風花はおじいさんに聞いた。
「ここはどこですか?」
「ここは天国ですよ」
「天国…ここ、海じゃないですか」
「天国に海は無いと誰かが言っていたかい?」
おじいさんはこの海を渡った先にきっと葵がいると教えてくれた。だけど風花は躊躇う。まるで葵が亡くなった日に感じた『苦しさ』と『寂しさ』を集めた様な海。
入ってしまったら引き摺り込まれて戻って来れないような気がした。
それでも本当に葵と会えるなら…
風花が海へ一歩足を踏み入れたその時
『イッテハイケナイ……』
誰かの声が暗闇の空から響き渡る。
それでもその言葉を振り切り風花は天国へ続くはずの可笑しな海に入って行ってしまう。
もう一度葵に会うために。