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自由をこよなく愛する綴り人
野いちごやノベマでも活動しております


i: 碧雲宗様
h&表紙: うの花さぶれ先生

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眠っている時は冬眠中


*コメントの御礼やお知らせ、
作品紹介はブログにて

ブログ、始めてみました

 エッセイと言えば聞こえは良いが、私の書くブログはただの自己満な日記でしかない。語彙力がつきますように~、と無駄な願掛けをしているに過ぎず、自堕落な生活を日記に落とし込んで綴るため、そもそも将来の自分に何のメリットがあるのかどうかもわからない。まあ、それでも書きたいと言う本心に忠実に従い書いてみるわけだが、よくよく考えれば、noteというブログサイトでも一時期ブログを書いていた。笑ってしまうことに、それも結局続かなかったわけだが。
 そもそもこんなことを書いていること自体、読者様にマイナスなイメージを植え付けてしまうことに他ならないだろう。それでも温かく見守ってくださる皆様に甘えて、作者本人が顔を出してきた感じだ。作品のイメージが崩れてしまうことを恐れたが、それも含めて『わたし』なのだから良いじゃないか、と楽観視することにした。よくよく考えてみれば、Twitterなんかはまさにそうなんじゃなかろうか。作家様は執筆の更新のことだけではなく、意外と私生活について呟かれていることもある。作家の中身を知りたくなかったら見なければ良い話なのかもしれない。うむ、なんだか話が難しくなってきた。とりあえずキャパオーバーだと叫んでいる私の脳味噌に休憩をさせてあげようと思う。
 それにしても、noteのことについてもそうだが、私の好奇心はすぐに萎んでいくようだ。飽き性、三日坊主という言葉が似合う作者は自分のタイピング音に耳を傾けながら、とりあえず打っている次第である。本当に中身のない文章だな、と思いつつ。色んな人に「おまえの文章はくどい!」と言われていたのを思い出した。これを機に、執筆をしない期間は、少しでも腕が鈍らぬよう、更にはそのくどさを解消できるよう、ブログを綴っていけたら良いよなぁ、と呑気に考え始めた。
 PVやしおり数などにとらわれずに書くのは意外と楽しいもののような気がする。ありのままの自分を曝け出し、綴っていける場は私にとっては居心地が良い。とはいえ、あくまでここは公の場。もちろん、自由にも限度があることくらい心得ている。まあ、だからこそ、誰かに読まれているかもしれない、と身を引き締めることができ、また、こういう風に書いたほうが格好よく見えるんじゃないか、みたいなナルシスト感を漂わせながら意気揚々と言葉を紡いでいける気がする。なかなか音が良い語録じゃないか、と自分でも思えた時は心の中でガッツポーズをして、メモをしていこうと今しがた心に決めた。
 あらためまして、自由気ままなブログに付き合っていただければ幸いです。

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