「キャスリン公爵令嬢! 今日、この瞬間をもってお前との婚約を破棄する!」
そう宣言され、婚約者であったはずの王太子に突き飛ばされたキャスリン。
誰がどう見ても、悪女が皇子に振られただけのシーンだ。そして、シンデレラストーリーがごとく、皇子の恋人に収まるのはキャスリンから酷い嫌がらせを受けていたという噂の少女。
まさに完璧な恋愛物語───…………。
「おう、ごら──ちょっと待ったらんかい」
そうドスの利いた声をだすのは、いましがた皇子に突き飛ばされ、ショックに打ちひしがれていたキャスリンであった。
しかし、その目は全く笑ってもいないし、悲しみに暮れてもいなかった。
あえていうなら、そう。……怒り。
「おう、おう、皇子のぉ?……婚約破棄ぃ? そらぁ義理が通らんのとちゃいまっか?」
キャスリンは、ただ黙ってやられているだけの悪役令嬢ではなかった……。
彼女の中には、もう一人の人格ともいうべきものがいた。
……広域指定暴力団「角読」組若頭:桐野 正
彼は、数年前に日本でチンピラに刺されて志半ばで息絶えたはずの893さんであったのだが……。
気が付いた時、娘が夢中になってプレイしていた乙女ゲームの中の悪役令嬢に憑依する形で転生していたのだ。
そして、キャスリンと意識を共有するうちに、彼女と一体となるも、これまでは大人しくしていたのだが……本日めでたくブチ切れた。
それから始まる義理と人情をかけた貴族社会を股にかけた抗争が幕をあげる───。
「……ウチの金看板に、泥ぉ…塗ったんや───皇子のぉ、おまはん覚悟はできとんのやろな? おぉう??」