水瀬朔司(みなせ さくじ)とその息子、一臣(かずおみ)。そして朔司の姪の玉森蒔乃(たまもり しの)は一緒に暮らす家族だった。否、家族と言うには些か歪な形をしていた。
『自分を噛むぐらいなら、僕を噛みなさい。』
耳の聞こえない朔司から与えられた言葉に甘え、彼の首筋の柔肌にその犬歯を立てる蒔乃。蒔乃は脳の障害で無痛症を患っていた。
彼らの関係を羨ましく思うのは一臣だった。一臣は、蒔乃に恋していた。
「いつか、蒔乃から好きって言わせるから」
と一臣からの告白と宣言に蒔乃は戸惑う。蒔乃自身は朔司を愛していたのだ。
一方で朔司が愛するのは亡き妻のひより。
全員片思い、そして報われぬ恋だった。
朔司が死んだ。
朔司の死を自らの所為だと、蒔乃は再び自傷してしまう。彼女の悲痛な思いを受け止めたのは一臣だった。いつまでも続く、彼を傷つける日常に耐えきれなくなった蒔乃は一臣から離れることを決意した。
別れの空港。飛び立つ飛行機。離れた指先。
そして再び出会った異国の地。一臣は蒔乃にプロポーズをする。
長く、何度もよじれた片思いの末に一臣と蒔乃の小指に運命の赤い糸が結ばれた。
赤い糸は手の肌を縫い合わせ、その痛みを抱いて生きていく。
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