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春里舞花

悪魔と天使 episode1


死ねるなら死にたかった。


父親が死んだ。自殺した。理由は知らない。見つけたのは私だ。天井からぶら下がる父をただ呆然と見ていた。


金が無くなることを困った母親が自分と私を、風俗へ売り飛ばした。


それから、全てが転落した。






多大な借金をした母親は店を追われ、行方を眩ませた。私はその借金返済のために、自身を売り飛ばされ体を売った。




死ねるなら死にたかった。










「なあにぃ?コレ。ゴミ??」


けたけた笑う声がコンクリートの壁に響いた。朦朧とする視界の中で、アスファルトの地面だけが見える。



金払いがいいという理由で始めた仕事も、今は最悪。


丸々と太った豚みたいな成金の社長やら会長やら、どちらかは分からないお偉いさんに目をつけられて、言うことを聞かなければ殺すと暴力を振るわれ、望んでいないのに枕して金を稼ぐ日々が続いている。


用心棒だかなんだかは知らないけど、その下っ端にまで手を出されそうになり、慌てて逃げてきた。




裸足で



散々殴られたせいで、髪も顔もぐちゃぐちゃだ。





グッと髪を掴まれて、顔を無理やり上げられる。顔を上げた先に見えたのは、月と夜の光。




それに、


「死んでる?」

「死体がなんでこんなとこに転がってんの」


黒と白の髪をした男がふたり。





死んでる。それに近いだろう。








「生きてるっぽい。一応目は開いてるよ、桐」

「あはっ、魚みてぇ。どうせ男との喧嘩絡みじゃん?
死体じゃないなら、ほっとこ」


掴まれていた髪を離されて、そのままアスファルトの地面に頭をぶつけた。




痛い、と思ったがそれ以上に体中が痛くて頭の痛みなんか気にしてられなかった。





「ねえ、桐」

「あ?」


離れていこうとした足音のひとつが止まる。こちらを振り返って、面白がるように声を発したのがわかった。



「コイツ、ナイフ持ってるよ。」



その言葉にビクッと肩を揺らした。ハッとして、手に握っていたナイフを自分の体の下へ隠す。



「…それも血、ついてる」


止まったはずの足音がまたこちらへ近づいてくる。目の前で止まった足は、また私の頭を掴んだ。



「ッ、…っ、!」


「うーわ。」


顔を無理やり上げさせられた瞬間、手に持っていたナイフを振り上げた。私の髪を掴んでいた白髪は、抑揚の無い口調でそう言って体を後ろへ下げる。


それでも、私の髪は掴んだままだった。



「人、殺したの?ウケる」




違う、殺してはない…はず、


用心棒の男が無理やり、組み敷いてきたから、近くにあった果物ナイフで男の腕を切った。


見つかったら、今度こそ殺されるんだろう。



「呉。ソイツ、さっきから喋らないな」



前から聞こえてきた声に視線を向ける。白髪の向こうにいたのは、黒髪の男。興味無さそうにこちらを見下ろしていた。



「なあ、お前、喋れないの?」



近づいてきた男は白髪の隣に座る。ふたつの顔が並んで、そこで初めてふたつがそっくりな顔をしていることに気がついた。



「ハッ。男に喉でも潰された?」



黒髪はそう言って顔を歪めて笑う。そのまま私の喉に手を伸ばして、触れ掴んだ。


その感触にビクッと身体を震える。




最悪

よく分からない男に絡まれた。

ここで死ぬのか…

ここで死ななくてもあの豚のところで死ぬのか。どっちかか。



別に生きたいわけじゃないし、明日を望んでる訳じゃない。このまま消えてくれれば幸いくらいに思ってる。


だったら、



「な、に…」


ここで死ぬことは、悪くはないのかもしれない。


黒髪がキョトンとして私の動作を見ていた。


そう思っていた時には、赤く濁ったナイフを持ち直していた。柄を握り、尖った先が腹の方を向く。



そのまま、喉に突き立てた。男の手も、一緒に掻っ切るつもりで。






「うわぁー、やばあー。何してくれてんの?」


でもナイフは私の喉まで届かなかった。喉を掴んだ男の手も、ピクリとも動かなかった。


ただ、赤く濁っていたナイフから伝って赤い血がアスファルトに落ちる。



止めたのは、黒髪ではなく白髪の方だった。白髪は躊躇なく、ナイフを握り奪った。



「オイオイ。俺の手まで掻っ切るつもりだったなぁ?」

「やば、頭沸いてんの?ヤクでもやってる?」


ナイフを投げて、白髪はプラプラと手を振る。表情ひとつ変えずに、血が流れていくのを見てた。


隣に立つ黒髪もそれを気にする素振りもない。



「っ、…っ、」



流れていく血を見て、私は体を引く。その姿を、黒髪が見てニタリと笑った。そしてそのまま、顎を掴む。




「…その目、アイツらに似てる」




男の言葉は何かを面白がるように言う。危うく自分の手が、掻っ切られるはずだったのに動揺ひとつしない。



「何かを恨んでるだろ。自分の人生、呪ってんの?」



男は顔を歪ませるようにして笑う。蛇のように、歪んだ目元がこちらを見て、嘲笑った。



「今すぐにでも死んでやりたいって顔してる。」



その目を見て、ゾワッと背筋に悪寒が走る。身を引きたくても、体が言うことを聞かない。掴まれた顎が震えて、目を離したくても離せれない。



「きーめた。呉」



男が顎を離して、その場に立ち上がる。手が離れたことに、ハッとして目線だけで彼らを見上げた。




「おもしろそーだから、コイツ連れて帰る」

「あはっ。本気?面白そうだね」


黒髪の言葉に、白髪が驚いたように笑って言う。そして、チラリとこちらを見た。



「名前は?」



名前、そう言われて私はゾワッと恐怖する。ふたりの目から、退いて下に顔を向かせた。


その姿に、黒髪も白髪も目を細めて困ったような顔をする。



「おーい、聞いてんだけど??」

「っ、」


黒髪がまた私の顎を持って上を向かせる。ビクッと身を揺らして、目を泳がせてしまう。




「めんどくさいな〜。黙りかよ」



言葉を発しない姿に、黒髪が舌打ちを漏らした。それに、ビクッと体が震える。無意識に体が震えて、下を向いた。



「ええ〜桐。名前なんて聞いてもどうでもいいじゃん。僕らでつけてあげようよ〜」



白髪がそう言って、笑って黒髪の肩に手を置く。名前を付ける、その言葉に黒髪ははたと目を丸くしてすぐにまたニンマリと笑った。



「確かに。それがいいね」




男たちは、同じ顔で笑う。歪んだ笑みはこちらを見下ろして、私は恐怖に竦んで何も出来なかった。




「「僕らを楽しませてよね」」




白髪の男が私の頬に触れた。べたりと彼の血が、頬についた。



そのまま、世界はぐらりと反転した。意識は遠のいて、目の前は真っ暗になる。























「浴槽に突っ込めば、目覚ますんじゃん?」

「そっか、そうしよ」




ボチャンッ!!と激しい音と、冷たい感触と違和感に目を覚ました。


「…?」


目を開けると、目の前には白髪の男がいて片手にシャワーを持っていた。



勢いよくシャワーのノズルから出た水が私の顔にかかる。



「ッ!?」


そこでやっと意識がはっきりして、目が開いた。シャワーの水が退き、体の違和感を探るように体を起こした。



「ッ!?ッ!?」

「あ、起きたー。桐の言った通りだったねー。」



見れば、ここは風呂の浴槽で。私は服を着たまま、浴槽に漬かっていた。白髪の男はそう言って、私の頭からシャワーの水をかける。




「ッ、」


動揺する私を他所に、バスタブの縁に手をかけて白髪は私の顔を覗き込む。



「傷だらけで痛そー。」


じっと見られ、私は怖くなって目を逸らす。その視線を白髪はじっと見ていた。


「汚れ落としたら出てきなよ。あ、そこで死ぬのは、死体片付けるの面倒だから無しね」


最後にそう言って、彼は浴室から出て行った。



…死ぬ、かな、



見る見るうちに浴槽に溜まったお湯が服に着いた汚れと血のせいで、濁っていく。それに反して、私の体は綺麗になっていく。


ザバ、と水を掻き分けて立ち上がる。白いブラウスと黒のタイトスカートから水が落ちる。




服が体に張り付く感触が気持ち悪くて、浴槽から上がって脱いだ。ブラウスの下に着ていた黒のキャミソールが、透けている。



下着の紐はどれも肩から外れ、不格好に腕に落ちてる、ブラウスのボタンだってチグハグで上ふたつは付けれていなかった。


タイトスカートの端は、破かれた跡がある。




悪趣味、



豚の用心棒を思い出して悪寒がする。豚は豚で気色悪いが、あれは金払いがいいからまだ許せる。

だが、女だからという立場で組み敷かれそうになった今回は許し難いものがあった。メリットもないのに、簡単に股を開くと思うな。



脱いで裸になれば、自分の体が鏡に映る。肉のない不健康な体、色も白すぎて気味が悪い。

胸もなければ尻もない。肩まで伸びた髪は生まれつき色素が薄く、黒よりも灰色に近い。




なんて醜い。









浴室から出ると、目の前にはスウェットとタオルが置かれていた。浴槽に突っ込まれたせいでもちろん、下着は全部濡れている。


無論、その場に下着なんてものは無い。



「…。」


メリットか恐怖か、もしくは死か。

どれにするべきか一瞬悩んで、考えることを諦めるように服に袖を通した。



「…!」


脱衣所から出た時には目を丸くした。高い天井に豪華なライト、長い廊下にその先に待っている部屋で明かりがついている。




ここは、ホテル…?

それも、そこらの安ホテルじゃない。高級感溢れる装飾が、そこら中に溢れていて恐る恐ると足を進める。



「あ、来たよ。桐」

「ふあ。」


部屋の扉を開けたところで、大きな部屋が広がっていた。部屋のど真ん中にある大きなソファーにふたりの男が座っていてこちらを振り返る。


その向こうでは壁に取り付けられたこれまた大きなテレビがこちらを向いていた。




男ふたりと目が合って無意識に体が震える。目線を逸らした私をふたりはじっと見ていた。


「こっち」


ちらりと見れば、白髪が手招きをしている。有無を言わさぬその空気に、私は言われるがまま足を進めた。




男たちふたりは同じ顔をしている。髪の色は、正反対だけど、黒い髪と白い髪が無ければ見分けることも難しそうだ。


男にしては中性的な作りをしている。顔は白く、睫毛も長い、少し垂れている目は、笑うと歪むように弧を描く。



ソファーの目の前に立った私はふたりから見上げられる。



「ね、誰を殺したの?彼氏?不倫相手?それとも、家族?」


けたけた笑うように尋ねる声が、危機感の無さを物語っていて私は呆然とする。



「…、」


答えない私に白髪ではなく黒髪の方がじっとこちらを見上げた。


「お前、学ないの?カナダ?ロシア?どこ?」


一応中学までは卒業している。別に、ハーフでも外国人でもない。小さく首を振る私を、不思議そうにふたりは見る。



「言っている意味わかってんのに答えない気?死にたい?…あ、死にたいんだったね」



けたけた笑い出した黒髪にビクッと身構える。何がおかしいのか、いきなり笑い出すから不安になる。



「喋れないってこと?」

「…。」


肯定も否定も出来ず、黙り込む。不安に駆られて、スウェットの端をギュ、と強く掴んだ。


その姿をふたりはじっと見ていて、その先を促すことは無かった。




その代わり、グッと強く腕を引かれた。そのまま、音を立ててソファーに落ちる。ちょうど、ふたりの真ん中に挟まれるように膝をついた。


ビクッと体が固まる。掴まれた腕はそのまま、黒髪の男が顔を覗き込んできた。



「ふぅん。そりゃあ犯すにはちょうどいいよなぁ?」



その言葉に、メリットと恐怖と死とまた選択を迫られた。



「ッ、」



でも直ぐに隣からクスクス笑う声が聞こえる。見れば、隣にいた白髪が笑っている。それに目を疑えば、手を掴んでいた黒髪が言った。


「そんな青ざめなくても何もしないよ。そこらのおっさんと同じにすんな」

「チンピラにでもやられて、腹いせに刺してきた?格好を見るなり、まともな職についてるとは思えなかったけど?」


年齢はたいして変わらなそうなのに、彼らは表情ひとつ変えないで私の話を予想して面白がる。



「で、どっかに感情と表情筋も置いてきたと」

「ずっと、ロボットみたいになってるけど」



それはもう殆ど生まれつきだ。

父が死んだのを見ても涙ひとつ出なかった。母には君の悪い子だとか、無関心で薄情な子だと言われたけど、感情の昂りとかよくわからない。


そして尚、こんな職をするようになって尚更感情はお荷物になるだけだと悟った。



「ま、何にせよ、うちの島で面倒起こすなよ。」


そう言って黒髪は私の腕を離す。その感触に驚いて顔を上げた。黒髪は欠伸を漏らして、大きなソファーの背もたれに頭を乗せる。




「案外、人間拾うのもつまんねぇな」

「本当〜これの何が楽しいんだか。もっと猛犬みたいなの想像してたね〜。これは猫だね」


その言葉の意味が分からないが私は体を小さくさせてそのソファーから存在感を消す。

でもその瞬間、スウェットのズボンに入っていたスマートフォンが震えた。




ビクッと体が震わせた私を見て、ふたりが可笑しそうに身を乗り出してくる。



「何?男か?」

「警察じゃ〜ん?」

その言葉にゾワッとしながら、私はスマートフォンを出した。見れば、店からの業務連絡とあのくそ豚から何件か連絡が入ってる。



「「なんだ。店か〜。つまんな〜い」」



またソファーに音を立てて寄りかかる男たち。つまんないなんて、そんな事を言われても私の状況は今最悪だ。



あの成金の豚からは借金を肩代わりしてあげる代わりに、身売りするよう言われているし、店からは相変わらず借金の催促がある。今逃げたら、借金取りにでも追われる毎日の始まりだ。


それも、用心棒の男に、斬りかかってしまった。何されるかわかったもんじゃない。




「あ、いいこと思いついた」


「なに〜桐〜?」



そう言った黒髪が体を起こした。白髪が不思議そうな顔をして、黒髪を見る。





「お前、この仕事辞めてこい。」






その言葉に顔面蒼白な私を見て、黒髪はケラケラ笑う。何が面白いのか教えて欲しい。ここを辞めて、逃げたら私が待つのは死のみだ。


首を振る私を見て、白髪が顔を覗き込んで笑う。



「何?辞められない理由は、男?金?家族?」


その言葉に、私はスマートフォンのメモを開く。震える手で、文字を打ち込んだ。



「『しゃっきん』ねぇ。へえ、だってさ?桐」

「ふぁーあ。いくら?」


私の文字を見て白髪が黒髪に言う。黒髪は大きな欠伸を漏らして、ソファーに寄りかかっていた。


「『400万』」

「クック、ここらでそんな金作るのはどこのどいつだろうなぁ?」


喉を鳴らして笑う男は、天井を見上げてそう言った。白髪は、その顔を見て同じようにニヤリと笑う。


「借りた所と請求書、お前が雇われてる店、全部教えてくれたら、ついでに潰してきてやる」


「あはっ。ちょっと面白そう〜」




何を言っているのか、理解できなかった。





最悪な夜の始まりだろうと思っていたら、私はそのままソファーで寝かせられた。男たちふたりはどこかに消え、私に指一本触れることなく朝を迎えた。


無論、何かあるのではと怯えた私は一睡も出来なかった。


「ジジイから許可降りた〜」


バンッと部屋の扉が開く。カーテンの向こうには朝日が昇っていて、部屋の中を照らしていた。


「ジジイも目障りだったらしいからちょうど良いってよ。」

「よかったねえ?いらない利子と黒服からお別れだ。」


そう言ったふたりは上機嫌で、浮き足立ちながら、私の前までやってくる。私はソファーから体を起こして、虚ろな目で彼らを見た。



物事の状況が理解出来ない。

彼らは何をするつもりなのか、何が出来るというのか、彼らは私と年齢に大差ないだろう。むしろ、年下かもしれない。

それもたったふたり、そんな男の子に近い人間が大人の…それも、


「汚ぇ金、借りたなぁ。何したんだ?」

「ヤミ金に手を出すなんて、誰かに騙されたか売られたか」


反社会的勢力に何が出来るというのか。


「「まあ、興味無いけど」」


そう言ってふたりはにっこりと笑った。









夕方には、昨日来ていた私の服が届いた。数着の服と一緒に。綺麗にクリーニングされた服は、シミや跡のほとんどが消えていた。



服を着替えて、窓の方へ近づく。大きな窓が何枚も連なるその空間から見える景色は、街よりも空が近かった。


下を見下ろすと、車が行き交う街が見えた。明かりがチカチカとして、何台も通り過ぎる車を見下ろしていた。





次に部屋のインターホンがなったのは、ルームサービスの料理が届いた時だ。ソファーに寝転がっていたふたりがのそのそと面倒くさそうに動いて、料理を受け取る。



日中、彼らは何もせずにベッドで寝ていた。私を放置して。大きなテレビは付けっぱなしで、私はソファーの上に座ったまま微動だにしなかった。




料理は大きなテーブルとは似合わないラーメンが届いた。



「あ、食べるぅ?」



白髪の方が聞いてきたが、生憎そんな気分じゃない。小さく首を振って目を逸らした。




「そろそろ、迎えが来んなぁ」


食事を終えた彼らは、シャワーを浴びて服を着替えた。その様子を黙って見ていた私は、その言葉に怯える。



迎えとは何か、それはもしかして自分の迎えでは無いだろうか。


本当にどこかに売り飛ばされたりするのでは、と追いつかない状況の整理と理解不明な言葉に怯えるばかりで、最悪の場合は舌を噛んで死ねばいいかと諦めた。



ふと、ブォンブォンと妬ましい音がどこか遠くから聞こえてくる。それは次第に大きくなって、音が連なるようにして広がるのがわかった。



「…?」


誘われるように大窓の方へ足を進める。下を見下ろせば、向こうの道路から数十台のバイクが連なっているのが見えた。



何、あれ…



「ふあ、来た来た。」

「さあ、行こ〜」



背後でふたりが動いた。ソファーから体を起こし、黒いTシャツにそれぞれの色をしたシャツを羽織って、部屋から出ていこうとする。





「「お楽しみの始まりだ」」





私は言われるがままに、彼らの後をついていった。






降りた先に待ってたのはバイクの集団で、黒塗りの車が目の前に止まっていた。


「お疲れ様です!!桐さん!呉さん!」


頭を下げた男たちに私は嫌な予感がした。異常だ、昨日からずっと。何か異常が起き続けている。


頭を下げる男たちの真ん中を、ふたりの男に連れられて進む。そのまま、黒い車の中へ乗せられた。




夜は直ぐに耽ける。既に当たりは暗くなっている。彼らの格好は、少し肌寒いこの季節には似合わない薄手な格好で寒くないのかと思う。


ちなみに私は寒い、上着は昨日、逃げてきたホテルに置いてきてしまったから凍えそうだ。






ついたのは、街の中にあるビルのひとつだった。4階建てのそのビルはコンクリートでできていて、私自身も何度か連れてこられたことがある。


一度目は母と、二度目は、母が消えた時、三度目は、数ヶ月前、その度に男たちに囲まれて、金の請求と、それが出来ないならと仕事を変えるべきだと脅された覚えがある。



「ッ、」


体が震える私を見て、黒髪がニタリと笑った。


「ここが怖いか?」


そう言った彼は、私の頬に手を伸ばして言った。



「生きて帰ってこれたら、地獄から天国だ。精々楽しめ?」





至近距離で、目元を歪めて笑う彼の言っていることが私にはさっぱり理解できなかった。



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