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春里舞花

悪魔と天使 episode2



それから、1週間が経った。私は変わらずホテルの大きな部屋の大きなソファーの隅っこに座っている。



あの悪魔な双子は、ソファーの反対側でふたりでチェスを楽しんでる。


「じゃ、勝った方に名前の決定権な」

「さすがに桐の『木偶の坊』はネーミングセンス吹っ飛んでると思うよ〜長いし」


「じゃあ、ヒフミ」

「『一二三』。男みたい」


けたけた笑いながらふたりは会話する。どうやら聞くにあたり、私の名前を決める気らしいが正直どうでもいい。



「あ、ねえねえ。店ではなんて呼ばれてたの?」


ソファーの隅にいた私に白髪がそう尋ねる。私は立ち上がって、白髪の傍に行き、スマートフォンを見せた。


「『ゆ』『き』。ゆき?あーーぽいね。本名?」


ぽいとはなんだろうかと思いながら、私は首を振る。さして興味も無さそうに頷いてまたチェスの駒へ視線を向けた。

私はまた自分の位置に戻る。下手なことをすると面倒を起こしそうだ。



あれ以来、私の借金は本当に無くなったようで、店からの連絡はなくなった。

業務連絡すらも来なくなった。給料を払ってもらっていないので、その件について尋ねても返信もない。


違和感を感じながら、給料を受け取りには行けそうにもないし、借金が無くなった今、金の使い道は無いのでどうでもいいと諦めた。


あの一件から、私はこのふたりに逆らってはいけないと悟った。

大の大人が何十人、子ども率いる不良集団に簡単にやられてしまうなんて誰が想像つくものか。


全員、頭の血管が切れているに決まってる。



「じゃあ、ゆきにする?」

「つまらないな、それじゃあ、俺らで考えてる意味無くなるだろ。」


白髪はまだしも、黒髪は本当に考えていることが分からない。ああ言えばこう言うが、そこに本気さは見いだせない。




本気さを感じられる時と言えば、




『あはははははっ!!はーーよわぁ、クソつまんねぇよ』

『桐、やり過ぎだって。間違えて殺しちゃうと後が面倒だから程々にね』



非常に悪趣味に毎夜明け暮れる喧嘩の時だけだ。


私はそれに有無を言わず、連れていかれあちらこちらへ引っ張り回される。

白蓮という集団が彼らについて来て、頭を下げる辺り彼らがこの大人数の人間を仕切っているのは目に見えていた。


ふと、その集団のひとりが毎夜連れられてくる私を見て、不思議そうに尋ねた。


『アンタ、桐さんと呉さんのなんだ?』



私が聞きたいところだ。


今のところ、本当に謎でしかない。ただ、毎夜喧嘩に連れてかれるだけ。残りはソファーの上で放置、体の関係を求めてくる訳でもないし、暴力を奮ってくる訳でもない。

なにか怪しい仕事でもさせられるのでは、と怯えているところだ。




「やったネ!勝ったぁー!」

「ちぇー。」


白髪がキングの駒を手に取り、万歳する。黒髪はつまらなそうに両手を頭に当てて、ソファーへ寄りかかった。

黒髪が桐『キリ』

白髪が呉『クレ』


周りの声を聞いて何となく名前がわかった。それが本名なのかは知らない。



二日前、大量の洋服が部屋に届いた。どれもサイズから見て、自分のものだということが分かって、嫌な予感がした。



『買った』


笑顔で言う白髪はそう言って、スマートフォンを見せてきた。合計金額の0の数が簡単に数えられなくて私は困惑した。


届いた服はどれもシンプルなもので、スカートはほとんど無かった。別に何か問題は無いので貰ったものをそのまま着ている。



彼らはここに住んでる。ホテルのスイートルームにふたりで。どういうわけなのかはよく分からないが、慣れた手つきでクリーニングやルームサービスを頼むからきっとそうなんだろう。




ブーッブーッとスマートフォンの音が響く。ポケットの中から、スマートフォンを覗けば何件か着信とメッセージが入ってる。




相手の名前が表示されたのを見て見ぬふりした。



「そのスマホの契約ってどうなってんの?」


突然話しかけられて私はビクッと肩を揺らした。黒髪がこちらに身を乗り出して尋ねてきていた。



これは店から連絡がつかなくなると困るという理由で支給されたものだった。

多分、店側からわかるGPSも着いてるだろうし、逃亡した時に連絡先から何やらで私の逃げ場を見つけられるようにだ。


今やその店側の方が音信不通だが。




「へえ。『店』のなんだ。じゃあ、それ捨てる方がいいな。呉」

「おっけい、注文しとく」


その言葉ふたつで終わってしまう会話に私は目を見開く。どういうつもりなのか、私にはさっぱり理解できない。


「名前決めたー?呉」

「『イチカ』とかどう、かわいいじゃーん」


「呉、それヒメに引っ張られてない?カがつく名前は俺は嫌だね」

「えーじゃあ、『あいう』」


チェスの駒を弄りながら、白髪は言う。黒髪がウェ、と顔を歪めて言うから彼はソファーに突っ伏した。


「急にやる気なくすじゃん、ウケる」

「あ、じゃあさ『イロハ』とかどう。あいうえお関連で」


思いついたように白髪は顔を上げる。黒髪と顔を合わせてニマッと笑った。


「『一二三』よりはマシでしょ」

「うざあ。まあ、いいんじゃん?『イロハ』」



どうやら、私の名前が決定したらしい。


「だってさ、イロハ」


イロハ。

聞いたことも無い名前だ。私は言われるがままに白髪の方を向いた。どうも、と頭を下げた私を見て黒髪がけたけた笑う。


「異存なし?今なら、ヒフミでも間に合うけど」


別にヒフミでもいいが、黒髪が決めた名前は直ぐに飽きたとか言って変えられそうだ。私は疑問符に頷いた。


「ちぇー、じゃあイロハだ」




少しだけわかったのは、彼らにとって私はペットなんだろうということだけ。


気まぐれに拾った捨て猫。それ以下でもそれ以上でもない。


名前をつけて、エサを与えて、身なりを整えて、室内飼いするペット。





「言ってみて?いろは」


白髪が寄ってきて、私にそう言った。私はビクッと身構えて目を逸らす。困ったように顔を下へ向けると



「い」



白髪が顔を覗き込んで言う。




「ろ」




それにまた肩が震えて身を引く。ソファーの背もたれに背中がくっついてそれ以上逃げられなくなる。



「は」



黒髪が隣でその様子をじっと見てた。頬杖を着いて不思議そうに尋ねる。




「病気か、マジで喉潰されたか、喋れないか、どれ?」



その言葉に黙りこくる私を見て、白髪がスマートフォンを手渡してきた。私は諦めるようにそこに文字を打つ。



「…『緘黙』?」



その言葉に小さく頷いた。それを黒髪も白髪もじーっと見ている。数秒後、声を揃えて「「ふぅん。」」と言った。


「てか、それでどうやって客とってたの。」

「物好きもいるんだよ、世の中には」


けたけた笑い出したふたりはそう言って、私から離れる。






「じゃ、喋れる時に喋って。」



そう言った彼らはふたりでケラケラなにか笑いながら、隣の寝室へ入っていく。しんとその場が静まり返った。



彼らの視線から外れたことにどっと汗をかいた。



本当に変な人たちだ。








彼らが危ない人間なのはよくわかる。見てればわかる。



「さあ、今日も掃除するぞ〜」

「あと生き残ってんのは、何チームだ。」



夜が老け、外に連れ出された。今日もどうせ喧嘩に明け暮れるんだろう。

黒いパンツに白いシャツを着る。毎夜連れていかれるせいか薄着でも寒さには慣れた。




彼らが薄着なのは、喧嘩で動き回って血が巡るからだ。最終的には半袖になっている時さえある。




今日はバイクだ。白髪の後ろに跨ると、


「あ、そだ。忘れてた」


何かを思い出したようにそう口にして。こちらへ振り返った。ポケットの中から何かを取り出して、私に手渡す。


「昼前に届いてた。俺と桐の入れてあるから、前持ってたやつ貸して」


手渡された真新しいスマートフォン。朝方話していた奴だろう。それにギョ、としたが白髪は有無を言わさぬように手を前へ出してる。



借金が無くなった今更、別に無くても事足りるのだが。


白髪にスマートフォンを手渡すと、白髪は手に持ったスマートフォンを一瞥してそのまま目の前の道路へ投げた。



「ッ!?」


グシャッガシャン、と音がして大型トラックにスマートフォンが踏まれた。半分に割れ、ペシャンコになってはガラスや破片が飛び出してる。



目を見開いていると、


「あーあ。壊れちゃった。まあゴミだし、いいよね。」


そう言って白髪は前を向き直る。にこやかな笑顔からは似つかない言動。



本当に危ない人間だ。


そのままバイクは走り出した。その後ろから、何台ものバイクが引き連なる。


不思議な光景だ、何がどうなってるのか分からないまま時が過ぎる。



「ね、いろはァー?バイク怖がんないけど乗ったことあんのー?」


前から聞こえてきた声に私は首を振る。それがわかったか分からないかは、分からなかったが白髪は「ふぅん。」と頷いてもう聞いてこなかった。



「あ、見つけた〜!」

「よお、お前らがウチに喧嘩売ってくれた竜胆会〜?」


路地裏で屯る数人の男を見つけて、バイクから彼らは降りる。私も同じように降りて、少し離れたコンビニの壁へよりかかった。




近くにいたら巻き込まれかねない。返り血がつくだけでは、済まされなくなる。


なんで毎回、私を連れて来るのか理解はできない。




バイクを止めた男たちがふたりの後に続いて、路地裏の中へ入っていく。



ふと、思う。まるで逃げるか逃げないか、試されてるみたいだと。


地獄を見た、真っ赤に染るふたりを。

まるで踏み絵するように、次はお前かもと脅し着けるように、私に見せしめにする光景は、何かを試しているのか。




「…。」


逃げた先に何かあるのか



ふと、後ろからジャリとアスファルトを踏みしめる音が聞こえた。意外と至近距離で聞こえたものだから、真後ろに人がいるのがわかった。




「やっと、見つけた」


振り返った先にいたのは、黒い服を身にまとった男だった。腕に、見えた切り傷に…あの日を思い出した。



果物ナイフで、目の前の男の腕を掻っ切ったあの日を。



「…テメェ、手間かけさせやがって。ゆき」



男の低い声に、ゾワッと背筋が凍る。『ゆき』と言う名前に、身体中から悪寒が走る。


バキッ!!

「ッ、!」


立ち竦む私は頬を殴られた。そのまま、地面に激しく倒れる。顔を上げれば、男が鋭い目でこちらを睨んでいた。



「ガキが。よくも逃げたな。山口さんはお怒りだぞ!」



男の顔にも傷がある。用心棒の彼が私を逃がしたのだから、彼が罰を受けてもおかしくない。



「ッ、!?」


そのまま口を押さえられる。驚いて手を振り払おうとした時には、目もおさえられる。わけも分からぬまま、体が宙に浮いたと思えば、車に乗せられたのがわかった。





「1週間も行方をくらませて、スマートフォンのGPSで大体の場所は分かっていたものの、ホテルから出てこないし、朝にはGPSが切れた!どういうつもりだ!」



あの豚社長はあのスマートフォンにGPSのアプリを入れていたらしい。気色悪さに反吐が出そうだが、それよりも最悪なのは、車が動いているということだ。



前の方からスマートフォンの着信音がする。それが止まって、すぐに男の話し声が始まった。




「…はい、はい。ゆきを確保しました。はい、すぐに連れて帰ります」


その先に豚がいることはよく分かった。目隠しをされ、何も見えないまま脳がぼうとしてきた。嫌な予感を覚える前に、私はそのまま意識を失った。




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