森尾月子

もりおつきこ

何気におばちゃんです。
今まで書いてきた書き物を残したくて登録しましたが
どうしたらよいかわからず、
別サイトより手直ししながらUPしています。
妄想ものです。夢物語です。

YUZURU 27

車のナビに弓弦が言った場所を入力するとすぐ出た。
その通りに進む。途中コーヒーを買いに寄り道をしたが
サングラスと帽子だけではすぐ槙村とばれてしまう。
長崎市内からは一時間半ほどで着くバイオパーク。
午後からは雲一つなく晴れ渡り、むしろこんな時にって暑さだった。
暑い夏だから人が少なくて、ゆっくりと動物たちに触れられると言って
弓弦は車を降りると、まっすぐにチケットを買いに行き
槙村と一緒に園に入っていった。
目の前にはクモザルの池。少し小さめの池の真ん中には
クモザルの座る大ぶりの枝の木が植えてありそこにいる。
人が来ると餌を欲しがるのか細く黒く長い手を、大きく動かす。
弓弦はかってしったる何とかで、その餌の入ったカプセルを
槙村の分と数個買ってきて、一緒に投げて遊んだ。
ちゃんとキャッチするんだっていって、早く投げたり大きく弧を描くように投げたり
さっきまで泣いてた弓弦がまぶしい笑顔を見せながら
それを投げ、うれしそうにしている。
槙村はそのころころ変わる表情がすごくおかしくて
でも、弓弦が幸せそうに笑うからと一緒にはしゃぐ。

「この階段を上がるとさ、熱帯ドームでさ植物もみんなきれいなんだ。」
「へぇ。何度も。」
「あぁ。何度も何度も。あきれるぐらいに。」
「そういう話しもしてくれるんだ。」
「どうだろうね。ここにはたくさんの人と来た。
 いろんな事を話しした槙村さんだもの、
 ここのことを話したって何にも気にしないさ。」
「どんなことだろう・・・・あまり気が進まないけど」
「この熱帯館はさ、きれいなんだ。暑いけど、きれい。
 亜熱帯の植物や果物。運がいいとスターフルーツっていう
 南国の果物が取れるんだけど、管理している人が取ってくれるんだ。」
「おいしいの?それ。」
「すごくおいしい、瑞々しくって甘酸っぱくって。切ると星の形しているんだ。」
「へぇ。」
「その中で飼われているオニオオハシもきれい。天然色の羽が舞い落ちる。
 鳥が飛んでいるラインに手を伸ばすと、たまに手に乗ってくれて
 人間の顔を見つめる、すごく不思議そうな顔をして。
 `あなたはだぁれ´って顔をしてさ。」
「へぇ。でも俺はあまりそういう生き物に好かれてないんだろうな。
 こうやって歩いていてもちっとも飛んでこない。」
「そうだねぇ(笑)ほら、そっちの葉影を覗いてよ。」
「ここ?」
「蝙蝠が寝てるよ。小さくてふわふわして可愛いの。
 ここのはここに成る果物を主食としているんだって。」
「へぇ、て言うか顔をよく見るとかわいいなぁ。手のひらサイズだ(笑)」
「あっちに行こう。外に出れるから。」
「あぁ」
「疲れてない?」
「大丈夫、て言うかやっぱり暑いから人が少ないな。騒がれずに済むからいいけどさ。」
「これからは上り下りで忙しいけど?」
「んじゃ、手をつないでほしいな。」
「なんでさ、恥ずかしい。男と男が手をつないでるって思われる。」
「そうは見えないさ。大体男同士じゃこねぇだろ?」
「そっかぁ。」
「なぁ、弓弦。ちょっと待てさ。」
「ねぇ、猿だよ猿。あはははははは、この子肩乗りだ。」
「餌は?えさ。」
「あそこのがちゃがちゃのカプセルの中身が餌なんだけど1個100円ね。」
「おぅ。何個いる?」
「何個も握れないさ。2個でいいよ2個で。」
 
そういって槙村が2個買って近づいてくると猿までが寄って来た。
10頭以上いるのだろうか。頭や肩に乗って、それをくれと寄ってくる猿たちに
もみくちゃにされる二人。それが楽しいのか二人でカプセルを一つづつもち
開ける・・・・開ける・・・・槙村が大きな声を出した。
あまりにもそのカプセルの中に入っていた猿のえさが、予想外だったため
槙村はびっくりして落とした。中身を争うように猿が飛びついて大騒ぎ。
それを見ていた弓弦はおかしくておかしくて、
自分の分の餌をあげると激しくおなかを抱えて笑った。
そんな弓弦の笑顔を見ると怒るにも怒れず微妙な顔をする槙村。
その猿の集まる木々の場所を過ぎると、小さな池に大きな氷を置いてある。

「ペンギンのために氷が置いてあるんだ。」
「だって夏だもん。」
「そうあっさりと答える?」
「なんで?」
「俺らも汗がすごい(笑)」
「ちょっとここで休憩?ペンギンと一緒に(笑)」
「あの箱の中からこっち見てるぜ。」
「ペンギンにしたらこっちがおかしいんだよな。多分。」
「なぁ、こっちの日陰に座ろう。」
「そこ?休憩に?」
「こっち来いって。」

ベンチに座ってくつろいでいる槙村の横にいくと、腕を引っ張られ
ベンチに腰を下ろさせられてしまった弓弦。
涼しい風が吹いてくるこのベンチ。
ペンギンが顔を出しているところの写真を撮ろうと携帯を取り出す。

「弓弦。撮ってやろうか?」
「あぁ、いい?」
「んじゃ。」

そういうと弓弦の携帯を預かると、ペンギンを後ろに弓弦を撮る。
翔太たちが取っていた写真とは違うが、いい笑顔。
ちゃんとペンギンが映りこむように構えてまた撮る。

「撮れた?」
「あぁ。これでいい?」
「うんうん、ありがとう。」

次に進もうと立ち上がると、目の前には階段が。
まだ登り口だもんなぁと話しながら、次の動物は?と探しながら歩く。

「臭いなぁ。」
「臭いね、夏だから余計に臭いのかも。」

そう話をしながら登りきる途中、フラミンゴの池についた。
小さいグループだけど、並んでいるフラミンゴはすごくきれいだと、
弓弦が喜んで携帯で撮っている。

「弓弦。携帯のメモリー大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。このスマホ16メガのが入ってるから。」
「万が一は俺の携帯で撮るといいさ。」
「ありがとう。万が一の時はね(笑)」

ひと時フラミンゴを楽しむと、また少し移動した。
すると、正面から白い集団が襲い掛かる。
槙村たちが登って来た道の途中で、ヒヨコが歩いていたので
二人可愛いねぇとしゃがんでそのヒヨコを触っていると
正面から白いあひるの集団がガヤガヤ騒ぎながら向かってきた。
それも猛スピードで。びっくりして立ち上がると、
あひるから逃げるように、走って逃げた。
汗がやっと引いてたのにと笑いながら二人あひるから逃げる。
広場に木製のデッキがあり、そこで少し休憩ができるように
テーブルと椅子が並んでいた。それがあると追いかけるのが面倒なのか
そのデッキに二人が入り込むとどこか別の場所に移動していった。

「弓弦さ、お前こういうこと好きなんだ。」
「あぁ、大好き。昔からここに来ると何もかもを忘れて遊べるから
 大好きなところなのさ。」
「俺もこういう所好き。」
「そうなん?」 
「弓弦の笑った顔を見てられるから。」
「そんなこと言っても何も出ない。それに恥ずかしい。」
「恥ずかしがることないさ。そういう顔は早々見れないし
 俺と二人の時だとますますうれしい。」
「ここはさ、あの人とも良く来ていた。ここは楽しい思い出ばかりの場所。
 悲しくなると幸せな時間を過ごしたこの場所に来て気持ちを幸せにして帰るんだ。」
「ここには他の人とは?」
「あの人と、西村さんとだけ?」
「んじゃ俺が三人目。」
「男の人とはね。女友達とは数えきれないほど来てるし。」
「そうなんだ。でも西村さんと同じ位置関係か。」
「どうかな。」
「なんだよ、その意味深な発言。」
「この先に可愛いカピパラがたくさんいるんだよな。」
「んじゃ行こう。」

カピパラって?と話をしながらまた坂を上り移動する。
カピパラでひとしきり写真撮ったり、遊んだり。
その先には、スカンクもアライグマも愛嬌を振りまく。
お互いに携帯で写真を取り合いながら先に進む。
サボテンが並ぶ道に差し掛かった時に周りには誰もいなくなっていた。
それに早く気づいたのは槙村。弓弦と呼び止めると近寄って行った。
手をつないで歩こうとそういうと、弓弦の右手を引っ張る。
恥ずかしいのか引っ込めようとするが、誰もいないからといい
手を離さない。話したくないと告げ、しっかりと手をつないだまま
誰も見ていないその道をゆっくりと歩いて行った。
先に行くと栗の木がある小道を横目にサイがいる場所の横を通り
次の動物の所に移動する二人。移動する道には端々にきれいな木々が植えてあり
こんなに夏の暑い日なのに陽射しが痛くないぐらいに木陰が作ってある。
少しするとミーアキャットがかわいい姿を見せてくれるところを通り、
モルモットを触れる飼育部屋があった。
そこでも二人だけ。追いかけて触って抱っこして
可愛いモルモットとの写真もたくさん撮りためた。その隣には大きなカメも。
外に出ると、いつか話題になったレッサーパンダ。
草むらから出てくるその顔のかわいらしい事。
でも、その顔を撮りたいのになかなか、タイミングをつかめずにいちまいも取れない。
すると、飼育員のかたが出てこられて撮ってくれるというので
携帯を預け二人の携帯それぞれに取ってくれた。
ちゃんと二人の顔と顔の間にレッサーパンダのかわいい顔を挟んだ形で。
その時に飼育員さんから言われた。

「C&Cの槙村さんですか?」

二人顔を見合わせ、内緒にしてくださいとお願いした。

「ばれちゃってたんだよね、きっと。」 
「それも弓弦と一緒だから目立つしな。」
「それどういう意味さ。」
「どういう意味って?」

そういうと、不意に弓弦を抱きしめこういう事さと耳元でささやいた。
すぐに突き放された槙村だが拒絶されたわけじゃないと思えた。
弓弦の顔は嫌な顔になってない。大丈夫だと。

「ねぇ。槙村さん。」
「なんでしょう?弓弦さん。」
「抱きついちゃダメ。kissしてもだめ。」
「手をつなぐのは?」
「それもだめ(笑)」
「なんでさ。普通じゃない?男と女だもん。」
「あのさ、槙村さんがやってることは友達以上の関係の人がやることでしょ?」
「そうなれないの?」
「そういう関係ではないでしょう?」
「なんで?」
「なんででも。」
「どうしても?」
「どうしても。」
「いつになったら心許してくれるかなぁ。」
「いつになるだろうなぁ(笑)」

そういって、キリンの檻を通り過ぎ次のカンガルーがいる場所に入った。

「ねぇ。あそこに座ろう。」

そう弓弦が言いながら指をさしたベンチ。木陰で涼しい風を感じれる場所。

「槙村さん。」
「なんだ?」
「あのね。まださ言ってないことある。」
「無理して話すことなんてないさ。話したほうが楽なのか?」
「槙村さんの気持ちを考えるのならば、きちんと話すことはね
 話さないとって思うんだけどさ。西村さんにも隠さず話していること」
「何?それって西村さんと対等に立てるかもってこと?」
「それはわからない。あたしの中で一番占めているのは
 あの人だけ。まだ刺されたからってあの人を恨んでいる訳じゃない。
 まだあの人を信じて愛している。」
「亡くなってからも愛されているその人は幸せだな。」
「でも、亡くなっている以上あたしはその人と幸せになることはまずありえない。
 だけど、幸せになることは願ってくれているはずなんだと
 そう思ってはいる。その人のご両親もそういうことを言ってらした。」
「だな。弓弦が幸せになんねぇとその人もうかばれないぜ?」
「でも、あたしの中では亡くなったということで何かが変わった。
 あの人を忘れることができなくなったし、このおなかの傷が
 忘れさせてくれなくなった。愛された証のように残るこの傷。
 そして、まださ忘れられないのさ。」
「前を向いてるわけじゃないんだ。まだ。」
「前を向きたくても、槙村さんや西村さんや気掛けてくれる人の
 心に触れるたび、あたし自身が怖くなる。男の人が怖い。
 また愛し愛されることが怖い。
 つなげて考えなくても体が怖いと反応するのよ。女になることが怖い。」
「人を好きになることは自然なことだ。
 お互いに愛していれば、当たり前にお互いを気遣い考え
 幸せな時間を過ごそうと意識する。なのに何が怖いの?」
「怖い。手をつないで温かさを感じる幸せも、
 抱きしめられ愛しているとささやかれる幸せも、
 愛しくkissをされても、自分自身のどこかで怖いと思っているのがわかる。
 意識するしないんじゃなくって、怖いの。素直に怖い。」
「それはどうしたらいいんだろうな。」
「何度も、伯母ぁには心療内科にかかれと言われたけど
 精神を病んでるわけじゃない。どうしていいかわからない。」
「お前心療内科をなにか勘違いしてないか?」
「なにをさ。」
「心療内科と言う所はさ、精神を病んでおかしい人が行くところじゃなくて
 そういう心の傷を治すにはどうしたらいいかとかを診療するところだぞ?」
「そうなの?でも、あたしのはそういう相談したりすることで治るものじゃない。」
「わからないさ。でも、心療内科にかからなくても弓弦には仲間がいるじゃないか。
 誠さんにも西村さんにも話しできるだろう?俺に話ししたんだ。
 できないはずがない。」
「わからない。槙村さんに話をしていることは
 西村さんにも誠さんにも話はできるだろうけど、
 そのあとあたしはどういう風になるかが怖い。
 話した後、誰かとそれ以上の関係になるのが怖い。
 今のまま、今のあたしは今のままが一番幸せなんだ。」
「今のままではいつか弓弦が弓弦じゃなくなる。
 今だと思えるようなときに自分で変わろうと思わないと。
 今の幸せが次の幸せに続かない。それは嫌だろう?」
「槙村さんは、もしこのままあたしと一緒に居ることで
 いろんな昔の話を聞くことがあるかもしれない。
 だけど、それをきちんと受け止めてくれる人なの?」
「なんでそういうことを聞く?もちろん弓弦は弓弦だ。
 何があっても弓弦と俺の関係は切れないと思うけど?」
「一度だけ大学の時に軽く付き合った人がいて
 その人が引っかかってるってこともあるんだけど。
 一度さらし者にされるとさ、人を男の人を信じられないでさ。
 でもかなり自分の中では信じるということに努力はしたんだ。
 だから今のあの店にいることができるし。
 でもさ、それと男と女の関係に進むことは別。
 一度裏切られるとそうそう恋愛感情は起きてこない。」
「ひどい目にあったからか、弓弦がかたくななのは。
 でも、俺には話しをしてくれている。
 少しづつだけどきちんと話をしてくれる。
 それは少しだけ信用してくれているということか?」
「西村さんや誠さんと同じぐらいかな。」
「俺さ、弓弦とずっと一緒に居たい。今は友人としての中で
 西村さんと誠さんと同じように信用してもらっているけど
 俺は誰よりも一番で居たい。弓弦の一番になりたい。
 だめか?俺よりも先に二人の中でどちらかが一番なのか?」
「一番だ二番だってそうい人はいないさ。
 でも、槙村さんと知り合う前から西村さんにはプロポーズされている。」
「弓弦。もしかして西村さんの真面目なプロポーズずっと断ってるのか?」
「断っているというか、考えられないって。今は考えられないって。」
「弓弦。お前さ・・・・・すごく我儘。」
「我がままなの?」
「西村さんの真剣な気持ちすんげぇ待たせてるんじゃん。」
「この間も俺の所に来いと言われた。
 男と女じゃなくていい、過去にとらわれひかりちゃんとかに逃げないで
 ちゃんと向き合い前に進もうと言われた。
 ちゃんと前を見て自分を見つめることができるようになったら
 きちんと自分のことを考えてほしいとそう言われた。
 あたしの中では正直どうなんだろう。」
「弓弦の気持ちの中でも大きく揺れているのか。」
「この世が終わるとしたら、きっと西村さんと一緒に居たいと
 その瞬間一緒に居たいとは思う。」
「そんな関係にあってなんで西村さんを拒む?」
「拒んでいるのかどうか、わからない。わからないんだって。」
「弓弦、落ち着こうか。今のまま話をしているとお前壊れそう(笑)」
「もう17時半を回った。閉園の時間が来るんだろ?」
「なぁ、槙村さん。東京に帰ったらしばらく一人になりたい。」
「抱きしめたことを怒っているのか?」
「それは過ぎたこと。違う。違う。」
「なら明日の朝までまだ時間がある。話はそれからでも。」
「帰る?」
「帰ろうか。ホテルまでまっすぐ?」
「夕飯どこかで食べよう。どこがいいか。」
「夕飯。弓弦(笑)」
「食べ物じゃないし。とりあえず、部屋に戻って
 銅座で食べよう。ホテルのディナーもおいしいけど。」

そういって二人は車に乗り込み、長崎市内へ向かう。
近海をぬけると途中から時津に行く方向と新漁港へ向かう方向と
二つに分かれるのだけれど、どっちに行こうかなと。
ホテルの近くの`つるちゃん´という老舗のトルコライスを食べたいのか
銀鍋という長崎でとれた旬ものを食べさせてくれるお店か
その新漁港のそばにある`向日葵亭´のトルコライスが食べたいかとか
そういう話をしていた二人。結局、何も決まらずにホテルについてしまった。

「弓弦、どうする?」
「どうしようかなぁ。そんなにおなかすいてないけど。」
「俺は腹ペコだ。弓弦まで食べちゃうぐらいに腹ペコだ。」
「んじゃ、食べられてしまわないように何か・・・・。」
「やっぱり駄目か?」
「駄目じゃなくて嫌なんだ。」
「それって思いっきり拒絶されたってこと?」
「そうともいうかな(笑)」
「とりあえず、外に出ると騒がれるからルームサービスで何か食べよう。」

ルームサービスで頼んだものを食べると、二人っきりの部屋がすごく気まずい。
どうしていいかわからない二人が、お互いにソファに座りTVを見ている。

「眠くない?」
「あぁ、眠くはない。」
「あたし先にシャワー使っていい?」
「どうぞ。お姫様。(笑)」
「なんだかなぁ。」
「いえいえ。」
「ちゃんと鍵を閉めよう。」
「閉めるのか?疲れてるだろう、背中を流してあげるのに。」
「翔太君と同じことを言ってもだめですよ(笑)」
「あいつ同じこと考えてたのか。」
「あはは。残念。出たら槙村さんも汗流しなよ。
 その間あたし、ロビーで呑んでるからさ。」
「おいおい。俺の背中は流してくれないのか?」
「そこまでしなきゃいけない?」
「いけなくはないがしてほしいかも。」
「ちゃんとブラシが置いてある、一人でもちゃんと手が届くように。」
「ちぇ。」
「とりあえず、汗を流すね。」

シャワーに消えた弓弦の後を視線で追ってみる。
弓弦の歩くラインはきれいな直線。一足一足きれいな足跡が
毛足の長いじゅうたんに跡を付けている。
女性の足にしては大きいのだろうが、細くてきれいな流線型の足の形。
今日はいていた靴も大きいサイズなんだろうけれど、細い。
しばらくして出てきた音がした。
それに気づく槙村。ドアのシルエットはきれいな女性の姿影。

「弓弦。」
「何?今着替えてるからもう少し待ってよ。」
「なぁ。そのままの弓弦が見たい。」
「見てどうするのさ、あたしは見せたくない。」

きちんと着替えて出てきた弓弦を、楽しみを奪われた子供のように
槙村は見てしまった。素晴らしいぐらいにお子様の顔だ。

「なんだかなぁ。なんだか、弓弦をきちんと見れてない気がする。」
「見なくても世の中は変わりませんよ。」
「弓弦は弓弦。すべてを知りたいし。」
「そういうすべてはまだ見せたくない。」
「なぁ、背中流してよ。」
「自分でできるでしょう?」
「冷たいなぁ。俺のすべてを見てほしいのに。」
「男のすべては女の敵です。(笑)」
「そんなこと言わずにさ。」
「背中流すだけよ?それ以上はないし。」
「それでいいからさ、それで。」

槙村は着替えを持って行った。
そして、シャワーを浴び背中を流してもらおうと弓弦に声をかけた。

「弓弦さん。お願い、ねぇ弓弦さん。」
「はぁい。ちょっと待って。」

そういいながらも、背中を流すためのボディタオルを探す。

「お待たせ。」
「背中はさ、人の手できちんと流してもらうが一番なのさ。」
「そのままこっち向かないでね?」
「俺は向きを変えてそのまま抱きしめたいけど我慢する。」
「お願いします、我慢。」
「槙村さんは裸でも後ろ姿はしっかりと男前ですね。」
「ありがとう、褒めてくれて。」
「毎日鍛えないと、ここまでの後姿は作れないでしょう?」
「そうだな。ここの所サボってるけどさ。」
「帰ったらきちんと鍛えないと、後姿がおじさんなると嫌われますよ(笑)」
「なぁ、弓弦。」
「なんですか?」
「そっち向いていい?」
「駄目に決まってるじゃないですか、いまさら何を言ってるの。」
「そっか。」

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