愚図

音をなくして


13年というのは長いのか短いのか、少なくとも私が私のまま生きていくには難しい程度の時間を彼女は生きてきたのだ。
眠りのなか上下する胸を眺めながら肩や頬や足先を撫でる。
いつかいなくなる筈のバンビがきちんといなくなったことに幾分安堵しながら、いつまでこの生活を続けていけるだろうかと考える。
つかまるもの、というのは一体何のことだっただろうか。
結局のところ愛してやまないあのひとと、ひとりのひとりのひとりっきりはここにはない。

消えたくなって思い出すことはいつも、私に起きた出来事と、起きなかった出来事の境界などどこにもないという事だ。


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身体を悪くしているらしい男の子の、バッテリーの切れていく様子を見ていられることは案外悪くない、と思う。
それでもこのひとといつまでも一緒に居られるわけではないのだ、ということをどこか遠い国で起こった大惨事みたいに忘れていく。
全くもって頭のてっぺんから爪先まであのひとで構築されている私の、余分なものばかりになった身体に触りながら満足度は如何程?と頭の中でばかり話しかけているのだ。
本当の私がどれだけ話しかけても、伝うことはなにもない。

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もう何度目かも分からない夜、空調で整えられた部屋で聴くparabola。
白んでいく朝の空とあのひとが床に落とした煙草の灰を見つめながら頑なに首を振った。
betterではなくmustなのだと、確かに私は拒んだのに、逗子に暮らしているのは私ではなくあのひとなのだった。
死ぬまでずっと愛していると口に出来なくなったのは一体いつからだろう。


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